Saturday, May 15, 2010

Missing Singapore

ここ数日シンガポールを思い出す機会が多い。

先日は大学の留学フェアでシンガポールブースに座って来場者に説明。
毎年NUSから来ている交換留学生に会う。

先週の水曜日には向こうにいたときに知り合った日本人の友人と食事をして、当時の話題に花が咲く。いく人かは内定もらってて学生生活の残りを楽しみまくろうという感じだったな(笑)

昨日は、留学の授業が始まる前に参加したNUSサマープログラムで知り合ったインド系香港人(=中国人??)が東京に来たので、歌舞伎町で飲んだ(笑)本当に変わってなかった。あのポジティブさと遠慮のなさはさすがだよな。明日も秋葉原、浅草めぐりに付き合う予定。

ああ夏が近くなると、シンガポールの料理がもっと食いたくなるな~。ラクサくいてぇ。
棚にしまってあるラクサの素を使うときがくるかな。

Saturday, May 8, 2010

ワークステーション完成。



GW前後の時間を利用して、自宅の仕事場の大幅な改良を試みた。

1.ONKYOのデスクトップPC導入
CPUにCore i7-860、メモリ4GB、ディスプレイ21.5型、サウンド良、ブルーレイ再生可能。。。
前の5年使ったノートに比べて超速。

2.机のスペース確保
USB付きのモニターボードを使用し、使わないときのキーボード、マウスを収納。そして、スリムな棚も買って、机の作業スペースを常に広く確保。ポイントは、本棚とデスクトップ本体、そして机の右の棚の間や後ろをうまく使って、ごちゃごちゃしがちなコード・ケーブル類をスリムに収納した。

これと、AndroidOSのスマートフォンXperiaで仕事の効率はかなりあがることを期待。少なくとも机まわりの見栄えはだいぶよくなった。まあ同時に、ブルーレイとONKYOのスピーカー搭載のモニターにしたので映画鑑賞のペースが上がることは間違いないだろう笑

Sunday, May 2, 2010

田原総一朗氏のすごさ

昨日のニコニコ動画の「ネット上の誹謗中傷を考える」の番組はすごく面白かった。
参考:池田信夫ブログhttp://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51415571.html

特に田原総一朗氏のすごさを再確認した。最近、「朝生」が有名・やり手の論客を呼ぶのはいいけど、わいわいがやがややって言いたいこと言えずに終了という感じが多かったので、最近あまり見ていなくて田原さんの言葉は最近ご無沙汰していた。
しかし、田原さんは76歳にもかかわらず、Twitterを始め、ニコニコ動画にも進出しているのを最近知った。あのような方を見ると、おそたく一流たる人は、単に流行を追うのではなく、本質的に有用だと認識して初めて、とことん利用するのだということが分かる。そこに流行りも、年齢・ジェネレーションギャップも何もない。ただその価値を理解できるかどうかの問題なのだと。ネットジャーナリズムが今一番自由な言論を確保しているということに田原氏が気付かないほうがおかしいか。テレビジャーナリズムを作った男というよりか、常にジャーナリズムの先端を行っている男というべきか。田原氏はネットジャーナリズムでもうひと暴れするでしょう。天皇制とか、原発保有の是非とか、既存メディアでできなかったテーマををとことんやってほしいわ。

仕事は進まないが効率は上がっている。

久しぶりの更新。GWどこにもいかないかわりに久しぶりに休みらしい休みをとれている。

4月はいろいろバタバタして研究は全然進んでない(冷や汗)。ただ、いろいろ区切りということで、ツールの更新をとことんやっている。

先週5年間使ってきた、ノートパソコン(Let's Note)からOnkyoデスクトップに変えて、ものすごく快適さが向上した。池袋のビックカメラ本店まで行って、店員さんにいろいろ聞いたかいがあった。
Core-i7入れたらサクサク動いて非常に満足。音声の良いフルHDモニターとBlueRayも入れて14万ならいい買い物だったと思う。
今日はさらに2週間前に予約したGoogleのAndroid OS搭載のXperiaが入荷したとの連絡があり、明日早速取りに行く予定。これで、いろいろまた効率が上がるはず!
そして、仕事にとりかかるのはまた延び延びになる笑

Tuesday, March 9, 2010

まとまったアウトプットを増やしていく方向で

昨日は、雪で道が大変でしたね。なんで、東京の雪は3月に多いのでしょうか。誰か教えてください。

さて、卒論のためにだいぶブログをさぼっていたためすごく文章のアウトプットが下手になったなと思い居ます。特に、最近はfacebook、mixi、twitterでつぶやくことが多く、そうすると文脈を省略した自己満足的な文章しか書かなくなっていたので最近切にちゃんとした文章をもっと書こうと思ううしだいです。

たくさん書きたいことは溜まっているがまずは、米アカデミー賞から。
昨日の受賞式で『ハートロッカー』が6冠とったみたいだけど、先週のシンポジウムで黒沢清監督があれは悪質な戦意高揚映画だと言っていたのでどうも観る気がしない。『アバター』が『ナウシカ』と『ダンス・ウィズ・ウルヴズ』を足して二で割ったものだから、脚本賞を取れないのはわかるが、ちょっと純粋な評価とやや異なる圧力がかかったことを疑ってしまう。去年、『おくりびと』が『Waltz with Bashir』を破って外国語映画賞を取ったのにも、何らかの圧力がかかっているのは確かなような気がするし。どうも、賞の選考過程自体が授賞式の視聴率に影響されているので、協賛企業、またその後ろにあるユダヤ商人の意向が反映されているというところが実情のように思う。ま、メジャーな賞は、日プロ大賞とかとは違うのだから別にどうってことはないのだが。昨今、映画賞・映画祭(本もそうだが)が乱立している。例えばベルリンなどは、いろいろと模索しているようで、小規模作品になるべく多くスポットを当てる方向から、次は個々のインパクトが薄くなっているということで上映数をやや絞る方向にあるという。どれだけその存在目的をはっきりと意識して達成するか。また、その意図を観客がちゃんと理解すること。それが今後、重要なのだろう。

Sunday, March 7, 2010

クールジャパノロジーの可能性

久し振りの投稿です。三寒四温で、春ももうすぐですね。私の場合は花粉症でつらい時期ですが。
先週の金曜日に無事に卒論発表を終え、1年ぶりくらいにほっとしました。さて、今回はその後、金曜の夕方と土曜の午後にうちの大学であった、東浩紀氏と宮台真司氏プロデュースの国際シンポジウム「クールジャパノロジーの可能性」についてちょっと書きたいと思います。

1日目は、後半を聞けず、2日目は前半を聞けなかったけれど、それでも充分面白かったですね。特に2日目の内容は非常に濃くて、3,4年か毎年この世界文明センターのシンポジウム聞いてますけど、抜群に一番面白かったです。

1日目は、学術としての、社会学、哲学、文化人類学、地域研究など、似たようなものを論じているのに、非交流的なクールジャパンに対する言論をとりあえず共有しようという話だった。宮台氏の話は面白かったけど、東氏は一コメンテーターなのが明らかに不満そうで、それをストレートに言うのが東氏らしさでそれは面白かったが、あとは全体的に学者の話という感じで後半はスキップ。

2日目は、映画監督の黒沢清氏と、美術家の村上隆氏を迎えて「日本的未成熟」についての話。

村上氏によると、「日本のアニメやマンガが出てきた背景には、やはり貧しさがあった。どうやって貧しさの中で、見てくれる人に満足を提供するかということに、ものすごく知恵を絞って試行錯誤した。」かららしい。これは、初めて聞いた説だけど、確かにそのような気がする。
村上氏は、いかにして戦略的に西洋のアートシーンに受け入れられる形で、日本のポップカルチャーを進出させていったのかを語ってくださった。そこには、日本のアートシーンが常に西洋を追いかけてきた段階から、良い作品であるならば、そのままで必ず西洋でも受け入れられるという仮説があり、そのような仮説を実証してきたのそうだ。この日の話を聞いて、村上氏のやってきたことの意図が良くわかったし、今後の活躍に期待したいと思いました。

また、黒沢氏の話によると、映画はたかだか100年くらいの未成熟な芸術だから得意なのではないかという指摘には一理あると思った。

その他、いろいろとディスカッションの中で共通していた、日本的未成熟なるものが持つ本質的な意味を次に書いてみる。
まず各氏が述べていたキーワードは、
キース氏「解放」
東氏「乖離」dissociation
宮台氏「政治性、社会的文脈からの無関連化機能」
村上氏「スーパーフラット」
黒沢氏「露骨に期待しない表現」
である。

要するに、今の日本のポップカルチャーが世界の若者に受け入れられているのは、それが、社会的文脈と切り離されたうさんくささのない、純粋な、イノセントなアートであるからなのではないか。
そしてそれは、カワイイといった、人間が共通的に持つ動物的な感情(本能)が、そういったある種の感動(キースはカワイイとは、主体性をさえぎる、おもわず微笑んでしまうとか、そういうことだという論文があることを紹介していた)を遍く人にもたらす最大公約数的な機能を果たす可能性を示している。
これは、いまだに政治的・宗教的対立が人々を不安に陥れている国際社会において一つの希望を示しているようにも思う。
村上氏のかつてのクーリエジャポンのインタビューでだいたい次のようなこと(記憶があいまい)を述べていたのを思い出す。「くだらないことに夢中になるのは時間の無駄かもしれないけど、政治的・宗教対立などで戦争して殺しあってるよりかはずっとまし。」

日本人は、総じて国際感覚がないこと、民主主義・政治も未成熟であること、これらは恥ずべきことかもしれないが、ある意味ではいろんな可能性を持っているような気がする。紛争地域における援助をするときの中立性だとか、そういうところとつながっていると思う。

クールジャパノロジーの可能性を感じたシンポジウムでした。

Sunday, January 17, 2010

COP15と日本のマスコミ

今年実質上初のブログです。今卒論を書いている真っ最中ですが、アップしちゃいます。

さて、COP15が終わってからもう一ヶ月以上経ってしまったけど、レポートを2つ書いたものがあるので良かったら読んでみてください。

関連して、昨日、社会学者・宮台真司氏と現外務副大臣・福山哲郎氏の共著「民主主義が一度もなかった国・日本」というのを読んでいて、日本のテレビ・新聞におけるジャーナリズムの衰退(もしくは問題の表面化、宮台氏の言うマスゴミ)というのは問題だなと思って、本の中に出ていた「ビデオ・ジャーナリスト」神保哲生氏の「ビデオニュース・ドットコム」をちょっと覗いてみたら、そのクオリティーの高さに驚いてしまった。おそらく、知らない間に「自由な報道」というものに触れる機会が少なくなっていたかもしれない。

特に、マル激トーク・オン・ディマンド 第455回(2009年12月26日)の中で、神保氏が環境エネルギー政策研究所所長の飯田哲也氏と、前出の宮台真司氏とともに、COP15の総括として行っている議論は、525円払わないと見られませんが、これだけでもその価値があるというほど濃い内容です。おそらく環境問題と国際政治、国内政治の全てにおいてある程度の基礎知識が必要ですが、この議論はすごいです。

要点としては、1つは今回のCOP15の結果は、内容としてはそれまでの一般的な期待値からすれば低いけれども、その実際に持つ意義というのは画期的だったのだということだ。
今回の結果は今の国連の枠組みでグローバルイシューの合意形成することの限界を浮き彫りにし、その次の国際合意形成は、リーダーの個人的信頼関係(国内での取り組みなど細かい積み重ねによって、それは強化される)によって決定されるのだということ。
そして、2つ目はこれから日本が25%を宣言しただけでなく、それを着実に政策を動員して実績を作っていかないとその目標は全く国際交渉で意味を持たなくなるという厳しい現実。
私個人としてできることは、まだ多くないけれども、すごくモチベーションがあがりました。
やはり、あのCOP15という歴史的な場をこの自分の目で見たということは、長い目でみるとものすごい大きな価値を持つような気がします。

以上、一発目の投稿でした。